2006/10/04
旅立ちの時・・・
むぐがお星様になってから三日が経ちました。
16年以上共に暮らしてきたむぐを失った悲しみが、たった三日で癒されるはずもなく、それどころか日を追うごとに深まるばかりです。
何をしていても、何を見ても、むぐの事が思い出されて、そのたびに泣いてばかりいます。
むぐは他の家族から嫌がられるくらいの“お母さん子”
“お母さん命!”“お母さん一筋”の犬でしたので、私にとってもむぐは特別な存在でした。
覚悟していたとは言え、私の悲しみは予想以上に深く、憔悴しきった私をなんとか元気付けようと、mugudaiパパも娘達も、みんな同じように悲しくて辛い思いをしているはずなのに、あれやこれやと私を気遣ってくれています。
年老いて一人暮らしをしている実家の母までが、私の事を心配して電話をかけてきてくれました。
そんな家族みんなの為にも、そして温かい励ましのお言葉を下さったネット仲間の為にも、私が元の“明るいだけが取りえ”の私に早く戻らなければと思い、落ち込む気持ちを奮い立たせ、なんとか皆さんにむぐの最後をご報告しようと決意しました。

数日前にはこんなに笑顔のむぐでした。
むぐは9月30日に病院で出来る限りの処置をしていただいた後も、痰が絡んだような苦しそうな呼吸は治まらず、オシッコも出ないままでした。
呼吸は夜になるとますます苦しそうになり、いつもはサークルで寝かせるむぐを、私はそこで寝かせる事が出来なくて、私の隣で添い寝をする事にしました。
苦しい息に喘ぐようなむぐの手を一晩中握り身体をさすりながら「むぐちゃん、もういいよぉ〜、がんばらなくったっていいよぉ〜」と、何度も何度も言いました。
その度に涙が溢れ、むぐの身体に落ちました。
mugudaiパパに「でも、むぐは今生きようとしているんだよ」と言われたけれど、苦しそうで苦しそうで、ただ身体をさすっている事しか出来ない自分が歯がゆくて、泣きながら「ごめんね、ごめんね」と言うしかありませんでした。
午前4時頃、mugudaiパパに「リビングでむぐを見ててあげるから、お前は少し寝ろ」と言われたけれど、私はそのまま自分でむぐを見ていたいと、ずっとむぐの身体をさすり続けました。
むぐが息を引き取る5分ほど前、それまであんなに苦しそうだったむぐの呼吸が、すぅ〜っと穏やかないつものような息遣いに変わり、一瞬「あっ、良かった、治った」と思った次の瞬間に、いきなりこんな穏やかな呼吸になるなんてそんな事ある訳ないと思って、すぐにmugudaiパパを呼びました。
mugudaiパパはそれを見て「あっ〜、ダメだ」と言うと、慌てて娘達を起こしました。
娘達もすぐに起きて来て、みんなでむぐちゃん、むぐちゃんと呼びかけ、身体をさすっていたら、その数分後家族四人に看取られて、静かに虹の橋を渡って行きました。
10月1日 午前5時25分 16年3ヶ月22日の犬生でした。
むぐちゃん、よくがんばったね、えらかったね、えらかったね、
むぐちゃんありがとう、ありがとうとみんなで声を上げて泣きました。
辛くて悲しくて切ない別れの瞬間でした。
何でもっと早く気付いてやれなかったんだろう。
むぐはどこかで異常のシグナルを送っていたかもしれないのに、どうして気付かなかったんだろう。
どんなに小さなサインも見逃さないつもりだったのにと、自分を責め「むぐちゃぁ〜ん、ごめんねぇ〜、ごめんねぇ〜、お母さん気付いてあげられなくてごめんねぇ〜」と、むぐの身体を抱きしめて泣きました。
それから家族で相談し、むぐはペット葬儀社で立会い個別火葬にしてもらう事になりました。
獣医さんに言われたように、だいの事にも目を向けなければと、だいも一緒にむぐの火葬に立ち会う事にしました。
ところが動物の本能か、だいは棺に入れられたむぐが火葬される前は平気でいたのに、火葬された後にその部屋に入ったら、急にカタカタとものすごい勢いで震え出し、その部屋を出てからもしばらく震えが止まりませんでした。
きっとおにーちゃんがいなくなった恐い場所とでも思ったのでしょうか。
でもその日のだいは花丸五重丸。
百点満点のおりこうさんでした。
むぐの火葬が終わるまでの3時間余りの間、ミィーミィー言う事も吠える事もなく、私達と一緒におとなしく待っていました。
むぐの骨はとてもしっかりしていて、どこの部分もみんなきれいに残っていて、用意してくれた骨壷では入りきらず、一つ大きい骨壷に換えたほどでした。
係りの方にこんなにきれいに残っているのは珍しいと言われました。
むぐの身体はぎりぎりまで健康で、しっかりした物だったようです。
今我が家に戻ってきたむぐの遺骨は、もう少ししたらリビングから見える、お庭の一番良い場所に埋葬するつもりです。
ペット霊園に他のわんこたちと一緒に埋葬してもらう事も考えたのですが、長女がむぐは絶対みんなの傍にいたいに決まっているからと、お庭に埋めてやる事にしました。
むぐとの別れは私が生きてきた中で、これまでに経験した事のない、一番大きな悲しみでした。
ペットを飼った日から、いつかこんな日がくる事は分かっていたし、16歳を超えてからはそれがそんなに遠い日ではないだろうと言う事も覚悟していたはずなのに、その覚悟を全く寄せ付けないほど、むぐの死は私を深い悲しみの底に突き落としました。
最愛のペットの死が、これほど悲しく、これほど切なく、これほどやりきれないものなのかと、改めて思い知らされました。
でもだいの存在は、こんな私の活力剤。
だいがいるから“元気出さなきゃ”と落ち込む心を奮い立たせていられます。

むぐがいなくなって寂しそうなだい
むぐを失った悲しみが完全に癒える事はないのかもしれないけれど、それでも日を追うごとに少しずつ笑顔を取り戻してゆける、そんな気がしています。
コメントをいただきながら、きちんとお返事する事が出来なかった事、深くお詫び申し上げます。
こうしてここにむぐの思い出をつづる事が、私が立ち直れる第一歩と思っています。
しばらくむぐの思い出ばかりのblogになってしまうかもしれませんが、むぐの供養と思い覗いていただけたらと思います。
みなさんから温かいお言葉をいただき、どんなに勇気付けられた事でしょう。
そしてネットを通し、むぐを見守ってくださったすべての方々に、感謝の気持ちでいっぱいです。
本当にありがとうございました。
16年以上共に暮らしてきたむぐを失った悲しみが、たった三日で癒されるはずもなく、それどころか日を追うごとに深まるばかりです。
何をしていても、何を見ても、むぐの事が思い出されて、そのたびに泣いてばかりいます。
むぐは他の家族から嫌がられるくらいの“お母さん子”
“お母さん命!”“お母さん一筋”の犬でしたので、私にとってもむぐは特別な存在でした。
覚悟していたとは言え、私の悲しみは予想以上に深く、憔悴しきった私をなんとか元気付けようと、mugudaiパパも娘達も、みんな同じように悲しくて辛い思いをしているはずなのに、あれやこれやと私を気遣ってくれています。
年老いて一人暮らしをしている実家の母までが、私の事を心配して電話をかけてきてくれました。
そんな家族みんなの為にも、そして温かい励ましのお言葉を下さったネット仲間の為にも、私が元の“明るいだけが取りえ”の私に早く戻らなければと思い、落ち込む気持ちを奮い立たせ、なんとか皆さんにむぐの最後をご報告しようと決意しました。

数日前にはこんなに笑顔のむぐでした。
むぐは9月30日に病院で出来る限りの処置をしていただいた後も、痰が絡んだような苦しそうな呼吸は治まらず、オシッコも出ないままでした。
呼吸は夜になるとますます苦しそうになり、いつもはサークルで寝かせるむぐを、私はそこで寝かせる事が出来なくて、私の隣で添い寝をする事にしました。
苦しい息に喘ぐようなむぐの手を一晩中握り身体をさすりながら「むぐちゃん、もういいよぉ〜、がんばらなくったっていいよぉ〜」と、何度も何度も言いました。
その度に涙が溢れ、むぐの身体に落ちました。
mugudaiパパに「でも、むぐは今生きようとしているんだよ」と言われたけれど、苦しそうで苦しそうで、ただ身体をさすっている事しか出来ない自分が歯がゆくて、泣きながら「ごめんね、ごめんね」と言うしかありませんでした。
午前4時頃、mugudaiパパに「リビングでむぐを見ててあげるから、お前は少し寝ろ」と言われたけれど、私はそのまま自分でむぐを見ていたいと、ずっとむぐの身体をさすり続けました。
むぐが息を引き取る5分ほど前、それまであんなに苦しそうだったむぐの呼吸が、すぅ〜っと穏やかないつものような息遣いに変わり、一瞬「あっ、良かった、治った」と思った次の瞬間に、いきなりこんな穏やかな呼吸になるなんてそんな事ある訳ないと思って、すぐにmugudaiパパを呼びました。
mugudaiパパはそれを見て「あっ〜、ダメだ」と言うと、慌てて娘達を起こしました。
娘達もすぐに起きて来て、みんなでむぐちゃん、むぐちゃんと呼びかけ、身体をさすっていたら、その数分後家族四人に看取られて、静かに虹の橋を渡って行きました。
10月1日 午前5時25分 16年3ヶ月22日の犬生でした。
むぐちゃん、よくがんばったね、えらかったね、えらかったね、
むぐちゃんありがとう、ありがとうとみんなで声を上げて泣きました。
辛くて悲しくて切ない別れの瞬間でした。
何でもっと早く気付いてやれなかったんだろう。
むぐはどこかで異常のシグナルを送っていたかもしれないのに、どうして気付かなかったんだろう。
どんなに小さなサインも見逃さないつもりだったのにと、自分を責め「むぐちゃぁ〜ん、ごめんねぇ〜、ごめんねぇ〜、お母さん気付いてあげられなくてごめんねぇ〜」と、むぐの身体を抱きしめて泣きました。
それから家族で相談し、むぐはペット葬儀社で立会い個別火葬にしてもらう事になりました。
獣医さんに言われたように、だいの事にも目を向けなければと、だいも一緒にむぐの火葬に立ち会う事にしました。
ところが動物の本能か、だいは棺に入れられたむぐが火葬される前は平気でいたのに、火葬された後にその部屋に入ったら、急にカタカタとものすごい勢いで震え出し、その部屋を出てからもしばらく震えが止まりませんでした。
きっとおにーちゃんがいなくなった恐い場所とでも思ったのでしょうか。
でもその日のだいは花丸五重丸。
百点満点のおりこうさんでした。
むぐの火葬が終わるまでの3時間余りの間、ミィーミィー言う事も吠える事もなく、私達と一緒におとなしく待っていました。
むぐの骨はとてもしっかりしていて、どこの部分もみんなきれいに残っていて、用意してくれた骨壷では入りきらず、一つ大きい骨壷に換えたほどでした。
係りの方にこんなにきれいに残っているのは珍しいと言われました。
むぐの身体はぎりぎりまで健康で、しっかりした物だったようです。
今我が家に戻ってきたむぐの遺骨は、もう少ししたらリビングから見える、お庭の一番良い場所に埋葬するつもりです。
ペット霊園に他のわんこたちと一緒に埋葬してもらう事も考えたのですが、長女がむぐは絶対みんなの傍にいたいに決まっているからと、お庭に埋めてやる事にしました。
むぐとの別れは私が生きてきた中で、これまでに経験した事のない、一番大きな悲しみでした。
ペットを飼った日から、いつかこんな日がくる事は分かっていたし、16歳を超えてからはそれがそんなに遠い日ではないだろうと言う事も覚悟していたはずなのに、その覚悟を全く寄せ付けないほど、むぐの死は私を深い悲しみの底に突き落としました。
最愛のペットの死が、これほど悲しく、これほど切なく、これほどやりきれないものなのかと、改めて思い知らされました。
でもだいの存在は、こんな私の活力剤。
だいがいるから“元気出さなきゃ”と落ち込む心を奮い立たせていられます。

むぐがいなくなって寂しそうなだい
むぐを失った悲しみが完全に癒える事はないのかもしれないけれど、それでも日を追うごとに少しずつ笑顔を取り戻してゆける、そんな気がしています。
コメントをいただきながら、きちんとお返事する事が出来なかった事、深くお詫び申し上げます。
こうしてここにむぐの思い出をつづる事が、私が立ち直れる第一歩と思っています。
しばらくむぐの思い出ばかりのblogになってしまうかもしれませんが、むぐの供養と思い覗いていただけたらと思います。
みなさんから温かいお言葉をいただき、どんなに勇気付けられた事でしょう。
そしてネットを通し、むぐを見守ってくださったすべての方々に、感謝の気持ちでいっぱいです。
本当にありがとうございました。










だいのお口レロレロ



